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若者はLINEの「。」が怖い!? その理由は、、、

今朝の情報番組で、LINEのメッセージの文末に「。」がついていると怖いと感じる若者がいるという話題をしていました。実際にアンケート結果も出ていたのだけど、写真を撮り忘れてしまったので、Twitterでつぶやいている人の記事を以下に貼っておきます。

 

 

「。」が怖いというのはちょっと大げさかもしれないけど、そのように感じる心理は、言語学的に説明できます。というわけで、この「マル無し文」について書いておきたいと思います。

(1)すばやい入力

そもそも、文末に「。」をつけるのは正式な日本語の文章作法であり、公的な文書だけでなく小学生の作文にも使用されますが、テキスト・チャットなどでは、素早く入力・送信しながら、まるでリアルタイムの会話をしているようにコミュニケーションをしますので、いちいち「。」を入力するのは面倒です。文と文を分けたいのであれば、1つの文を一回送信してしまい、次の文を改めて送信すればいいだけです。その方が、よりリアルタイム感が出ますしね。ただし、これは言語学的な理由とは言えません。

(2)パラ言語感を出すため

テキストチャットでは、実際の会話のような音声がなく、表情も見えないので、相手がどんな心理状態でその言葉を発したのか判別しにくいという問題があります。多少キツイことを言われても、相手が笑いながら話しているのであれば、「ああ、冗談で言っているのだな」と思えるので安心できるのですが、それがテキストメッセージには無いため、どうしても文面だけだとキツく感じる場合があります。そこで重宝されるのが絵文字やフェイスマークです。文末に「(o゚▽゚)o」「(T_T)」「♥♥♥」などがあれば、相手がどんな表情・心理状態なのか容易に想像できますよね。ところが、コミュニケーションに不可欠なそれらの情報を文末に付加すると、その記号の後ろに「。」を付加するのが不自然というか間抜けに感じませんか? まあ、そういった記号を付けること自体、文がそこで終了していることを表すので、もう「。」なんて不要になっちゃうんですよね。そういう事情で「。」が使用されなくなったと考えられます。

(3)連帯感 VS. 疎外感

テキストチャットは、ふつう仲の良い人とするものです。昔のパソコン通信の時代から現代のLINEまで、それは基本的には変わらないでしょう。最近では、仕事でもLINEを使用する(というか、仕事でも使用させられている)事例が多いようで、上司から休日にLINEメッセージがやってくるのをウザいと感じている人も多いようです。それも、テキストメッセージが仲の良い人たち(=仲間)の間で使用されるものということの傍証になります。そういった「仲間うち」のコミュニケーションで「マル無し文」が常態化すると、「マル無し文」=「距離が近い、親密」というイメージが定着してきます。若者ことばも含め、くだけた言葉遣いは仲間内だけでされるものですが、逆に、ビジネストークなどで使用される丁寧かつ公的な表現といったものは「距離がある、疎遠」というイメージがあります。こういったイメージの違いから、友達から「。」の付いたメッセージが送られてくると、若者は距離感というか疎外感を感じてしまうのかもしれません。言葉とは、辞書に書いてあるような意味だけを伝達する道具ではなく、お互いの距離感や心的態度も同時に伝達してしまうのです。

(4)コードスイッチング

夫婦ゲンカなどである一線を越えてしまった瞬間に、急に奥さんの態度が変わって「実家に帰らせて頂きます」という丁寧表現を使用するというシーン、皆さんも見覚えがあると思います。丁寧表現=「距離がある、疎遠」、くだけた表現=「距離が近い、親密」という対立図式は上の(3)でも説明しましたが、1つの会話内で後者から前者へと切り替わる現象を「コードスイッチング」と呼びます。要するに、発話態度を切り替える訳ですが、友達に「マル無し文」を使われてしまうと、上の夫婦ゲンカの時と同じようなコードスイッチングが起こったように感じて「怖い」と思ってしまうのではないでしょうか。

もちろん「。」を付けたからといって「喧嘩モード」に入っている(から怖い)という訳ではありません。LINEでの会話は楽しむための手段の一つなのに、「急に真面目モードで来られると心理的に引いてしまう」という程度のことだろうと思われます。そういう意味では、「モードスイッチング」と言った方が言語学者以外に人にも分かりやすいでしょうか。例えば、普段はふつうにタメ口でしゃべっている親や配偶者から急に「こちらに来て、座ってください」と言われたら、「え?何?怒られるの?」って怖くなりますよね。それと同じです。

 

ゲームと若者ことば

リベラルアーツ検定のサイトで、連載(計6回)を書かせて頂いていたのですが、一昨日、最終回「ゲームと若者ことば」がアップされました。

http://www.la-kentei.com/kotoba_special/

 

「住み、どこ?」のように、動詞の連用形が自立する

そういえば、昨年、こんなコラムを書いたのでした。

 

コラム : 住みはどこ?推しは誰?~自立する言葉たち~

 

ことばは、需要が高まると生まれる、、、というか自立します。

最近では、「映(ば)え」が有名でしょうか。「インスタ映え」といいう言葉が先に生まれ、そこから「映え」だけが自立したわけですが、面白いことに「はえ」ではなく「ばえ」と濁っているんですよね。「映(は)える」という動詞はもともと存在するので、それが連用形にはれば「はえ」と発音されるところですが、濁音で「ばえ」のまま名詞化したのは、「インスタ映え」という複合語で連濁した状態のまま「映え」が自立語化したからです。

似たような現象としては、「バテる」などもあるでしょうか。「夏バテ」などの「ばて」は、「疲れ果てる」という複合語の「果てる」に由来すると言われています。しかし、「果てる」ではなく「バテる」と濁った発音をするということは、「果てる」という動詞がいったん「夏バテ」のように連濁する複合語をいったん経由して、そこから後項の「バテ」がまた動詞化して「バテる」になったと考えられます。

連濁した後項部分が、濁音のまま自立語化するのって、なんか面白いですよね。複合語であった頃の「名残り」が、まるで化石のように残っている。

そういえば、「名残り」も、「~ごり」の部分が連濁で濁音になっていますね。もともとは「波の残り」というのが語源で、「名」は当て字なのだとか。「なごりが化石のように残っている」なんて言ったら「重言」になっちゃうのかな(笑)

 

<blockquote class="twitter-tweet"><p lang="ja" dir="ltr">若者は「住み、どこ?」のように「住み」を単独で名詞として使うけど、その意味は「住むこと」という行為ではなく「住んでいる場所」なので、メトニミー的な意味の特殊化が起こっています。一見、「優しい日本語」のようですが、外国人には意外に難しいかも。 <a href="https://t.co/RoMIwh1pag">https://t.co/RoMIwh1pag</a></p>&mdash; 尾谷昌則 (@masanori_odani) <a href="https://twitter.com/masanori_odani/status/1322317940453072897?ref_src=twsrc%5Etfw">October 30, 2020</a></blockquote> <script async src="https://platform.twitter.com/widgets.js" charset="utf-8"></script>

 

新しいノートPC

先日、懸賞でASUSのExpertBook B9というノートパソコンが当たりました。コロナで在宅ワークが増えたので、14インチと広い画面のパソコンはとてもありがたい。

スペックもかなり良いやつです。PCIeのSSDが爆速で、しかもCPUがi7モデルだから、動作はキビキビ。トータルのベンチマークも、私が数年前に最上位CPUで組んだデスクトップPCに肉薄しています。

 

 

オンライン授業のためのマイクを購入

4月末からオンライン授業が続いておりますが、秋学期以降も100人以上の講義はオンライン講義(というかオンデマンド型の授業配信?)を継続することになりそうです。というわけで、撮影環境を整えるべく、マイクを購入しました。こう見えても、高校生の時は放送部だったので、血が騒ぎます。

 

 

マイク
マイク posted by (C)odani@hosei

第3回法政大学日本語スピーチコンテスト決勝大会inベトナム

11月26日(土)に、第3回法政大学日本語スピーチコンテストinベトナムの決勝大会がハノイで開催され、私も審査員として参加しました。

今年は、高校生部門を新たに設けたおかげで、ベトナム全土から100名以上の方に参加して頂きました。今日は、その中から書類審査と二次予選を勝ち抜いた17名が決勝の舞台に。高校生部門では、なんと高校1年生(3ヶ月前まで中学生!)も1人いたのですが、彼女は中学生の頃から日本語を勉強しており(必修科目の英語も勿論やっている)、さらには中国語も勉強中とのこと。YouTubeでいろんなアニメを見て学習しているとのだそうです。うーん、私が15歳の頃って……(汗)

先週末は、ホントは日本言語学会@立命館大学での大会実行委員としてのお役目もあったのですが、校務優先ということで、こちらに来ました。しかし、校務といっても、ワタシ今年はサバティカルなんですけどねぇ......。高校当への出張講義は4回行ったし、大学院のゼミだけは毎週やってるし(他ゼミ院生の受講者もいる)、ベトナム出張も2回行ったし、そのための委員会もやり、大学院の講演会の企画・運営も、、、、(笑)

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20171126_2 posted by (C)odani@hosei

修士一年生による論文構想発表会

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修士一年生による論文構想発表会が無事終了。
まだ一年生だから余裕ある……って思ってたら大間違いだからね!
いつか壁にぶち当たるんだからねっ!
同じこと言ってる論文が見つかるんだからねっ!

学校で習う文法がつまらない理由

17日(木)に、横須賀の高校へ出張講義に行きました。

講義テーマは、「学校で習う文法がつまらない理由」だったのですが、別に高校の先生にケンカを売りに行ったわけではありません(笑) あくまでも、文法教育について考えるという主旨で、結論としては、「時間をかけずに、暗記モノとしてさらっと通り過ぎちゃうから、面白さが十分に伝わらないのだ」というものでした。

講義は、和やかに終了。国語の先生が5人も聴きに来てくださったのは想定外だったのですが、皆さん生徒と一緒に何度か頷いていらしたので、内心ホッとしました(笑)

放課後講座だったので、終わったのは18:30。おかげで、駅前のイルミネーションを楽しむことができました。そういえば、講義をしたセミナー室からは、戦艦三笠の煙突も見えました。

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日本語学会@金沢大学

週末は日本語学会@金沢大学へ行ってきました。
一番のお目当ては、日曜午後のシンポジウム「ルールを逸脱した表現の産出と許容」です。
田中先生のお話が特に面白く、大変勉強になりました。

せっかく金沢に来たのに観光しないのはもったいないので、日曜の朝7時から金沢城をくまなく散策。天守閣はないけど、あれほど大きくて見事な城は、さすが前田百万石。朝7時だったので、誰もいなくて、ぼほ貸し切り状態で満喫できました(笑)

で、タクシー飛ばして日本語学会@金沢大学角間キャンパスに9時半に到着。修士2年のとき、中村芳久先生のゼミに参加するため、富山からここまで毎週通ってたので、とっても懐かしい! しかし、相変わらず広かった。迷子の高校生に2回も道を聞かれましたが、ゴメンナサイ、私もさっぱり分かりませんでした。(笑)

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浜松の高校へ出張講義

浜松(静岡)の高校へ出張講義に行ってきました。テーマは「外国人から見た日本語の特徴」というもので、私に舞い込んでくる出張講義依頼の半分以上がこのテーマを選択されます。英語の話も少しするので、そういう点が高校の先生方にウケるのかな、、、。

ベトナムから帰国した翌日だったこともあり、ちょっと疲れてはいましたが、特別講義が放課後だったので、なんとか元気に喋ることができました。

というわけで、昼に時間がたっぷりあったので、浜松城を見てきました。また、この日は浜松にそのまま宿泊し、翌日は掛川城、駿府城と駆け足で見て回ってから東京へ戻りました。

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法政大学日本語スピーチコンテストinベトナム(二次予選)

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11月4日は、法政大学日本語スピーチコンテストinベトナムの二次予選(ハノイ会場)で審査員のお仕事をしてきました。昨年にくらべて、出場者の日本語レベルが飛躍的にアップしていて、とても驚きました。これは決勝が楽しみです。

現地では、田中マスターお勧めの「焼き鳥屋さん」に連れていってもらいました。とっても美味! そして肉が全てデカい! 串も長い! 鶏足でアッカンベーができました。

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35th銀河英雄伝説 ~The Art Exhibition~

大学の帰りに、一人で『35th銀河英雄伝説 ~The Art Exhibition~』を見てきました。戦艦のデザイン案(ボツ案)などの原画が展示してあったのですが、ブリュンヒルトのB4デザイン画と、バルバロッサのボツ画が特に良かった。戦艦のミニフィギュアも最高! 子供の頃、宇宙戦艦ヤマトの100円プラモをよく買ってましたが、それにそっくり(笑) このコーナーは撮影可だったので、バチバチ写真撮ってきました。

それにしても、残念だったのは、一番買いたかったトートバッグが売り切れていたこと。入場料を払っているのに、サービスの一部が受けられないってことですよね。入荷してから買いに行くにも、また入場料を払わなければならないって、、、、哀しすぎます。

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「国民から不信を招いた」???

2種類の目的語

某学会の某委員会のため、京都に来ました。

地下鉄烏丸線の松ヶ崎駅にて、以下のような看板を発見。
「技術力が不可能を切り拓く」って、面白い表現ですね。

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「切り拓く」という動詞(動作)の対象って、普通は何なのでしょうね。

よく、広告などで「明日を切り拓く」という表現を見るように思うのですが、これって、「明日」という対象を「切る」わけではないのですよね。切り拓いた結果、明日が見えてくるわけですから、切られる(切り拓かれる)対象というのは、おそらくは「今日」なのですよね。そうすると、目的語の「明日」は、動作の結果として作られるものですから、言語学では「結果の目的語」と言われます。「カレーを作る」や「穴を開ける」などもそうです。

しかし、「不可能」というのは、切り拓いた結果に生まれる(もしくは、見えてくる)ものではありません。おそらくは、不可能を切って開くことによって、そこに「可能」が見えてくる、、、ということを言いたかったのでしょう。このように、ある動作の対象になっているものは、「対象の目的語」ということになりますが、「目的語」といえば普通はこっちを指すのが普通なので、上記の看板にある表現は、珍しくない表現ということになります。

しかし、「切り拓く」という動詞に限って言えば、動作の対象(=切られるもの)よりは、動作の後に生じるもの(=切り拓いた先に見えてくるもの)が目的語になることが多いように思います。そこをあえて逆手にとっているという点において、上記の表現は面白く感じるのでしょうね。

「クリロナ」って何の略語でしょう?

«認知言語学会@大阪大学

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